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東京高等裁判所 昭和55年(う)1564号 判決 1981年2月18日

被告人 吉村近之

主文

本件控訴を棄却する。

当審における未決勾留日数中一五〇日を原判決の懲役刑に算入する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人三宅秀明作成名義の控訴趣意書記載のとおりであるから、これを引用する。

所論は、要するに、犯情に照らして、原判決の主刑に関する量刑が重過ぎて不当であるばかりでなく、原判決の追徴金額は、無許可輸入の覚せい剤が本来無価値であり、本件覚せい剤が後に譲渡先から没収されていることからすれば多額に過ぎて不当であるというのである。

そこで、訴訟記録及び関係証拠を調査し、当審における事実取調の結果をも加えて、まず、原判決の主刑に関する量定の当否につき検討すると、本件の事実関係は、被告人がいずれも配下の者らと共謀のうえ、営利の目的で韓国から無許可で輸入制限貨物の覚せい剤約四キログラムを輸入してこれを所持し、別に入手した覚せい剤約一五〇グラムを二回にわたり譲渡し、更にわいせつビデオカセツトテープ三巻を販売し、販売目的でわいせつビデオカセツトテープ二〇〇巻を所持したというものである。本件の犯情は、原判決が量刑の理由として判示するとおりであつて、関係各証拠によれば、被告人は、その主宰する組組織の配下の者とともに、かねて韓国から覚せい剤を密輸入したうえで販売していたが、本件覚せい剤の密輸入に関しては、被告人自身及び組織の幹部が順次渡韓して在韓の人物とその取引をまとめ、重さ約八〇キログラムの木製家具の中に本件覚せい剤を隠匿して千葉県新東京国際空港に空輸させたものであり、その分量が末端使用量の数万回分に相当する莫大な量であつて、本件は極めて大規模な犯行であること、右犯行が組織による国内の販売と結びついて半ば企業的に実行され、本件密輸にかかる覚せい剤のほとんどが社会に拡散されているのであつて、その害悪の及ぼされた範囲は広く、また、空輸の手段方法が周到で巧妙であること、本件覚せい剤の取引にあたつては、被告人が輸入者の側の主謀者であり、他の関係者は被告人の配下の者達であつて、その取引から得られる巨額の利益はすべて被告人の手中に帰属するように仕組まれていたこと、同判示第四の各犯行にかかるわいせつビデオカセツトテープは、覚せい剤に対する取締りが強化されたことからその作成を企図し、多額の資本を投じて大規模にこれを複製したものであること等が認められ、これらの諸点を通じてみると、被告人は自己の利益を得るためにその主宰する組織を利用し、敢えて社会公共に有害な行動に出たものといわざるをえない。そのうえ、被告人は、一八歳のころから組関係の仲間に加わつて、少年時代に二回少年院に送致された前歴をもち、成人に達してからのちも原判示累犯前科のほか粗暴犯等により二回懲役刑に服している点等に徴すると、本件の犯情は重大なものと評価するほかなく、被告人が本件後その主宰する組織を解散したこと、本件覚せい剤及びわいせつビデオカセツトテープによつて必ずしも所期の利益を得るにいたつていないこと、被告人が不遇な生い立ちであり、現在では本件各犯行を反省していることその他所論指摘の諸事情を考慮しても、原判決の主刑に関する量定が重過ぎて不当であるとは到底考えられない。

次に、原判決の追徴金額が多額に過ぎ不当である旨の所論に鑑み、検討すると、原判決の判文及び関係証拠に照らせば、原判決は、原判示第一、二の無許可輸入覚せい剤約四キログラムについて、追徴額算定上、その数量に誤差があるとしても、一割を控除した三・六キログラムを下ることはないと認定し、これから更に清水孝太郎からの没収分四六九・四九九グラムの概数である四七〇グラムを控除した三・一三キログラムが関税法一一八条一項本文、三項一号ロにより被告人から没収すべきものであるとし、ただ本件の場合は、これを没収することができないので、同条二項により犯罪時における国内卸売価格である一グラム当り一五〇〇円の単価に準拠し、右覚せい剤の価格を四六九万五〇〇〇円と算出したうえで、これに相当する金額を被告人から追徴したものと理解することができる。所論は、本件覚せい剤が後に譲渡先から没収されていることを追徴額算定に斟酌すべきであるというので、この点について更に考察してみると、関係証拠及び当審における事実取調の結果によれば、本件覚せい剤が被告人の密輸入にかかるものであることを熟知し、その指示により右覚せい剤の販売を担当していた清水孝太郎が本件無許可輸入にかかる覚せい剤四袋合計約四キログラムのうちの一袋約一キログラムの一部である四六九・四九九グラムを所持していて、これを警察に押収され、続いて、右押収にかかる覚せい剤が、同人に対する裁判の結果、覚せい剤取締法四一条の六により同人から没収されたが、同人は、更に右約一キログラムの他の部分中一〇〇グラムを田口義洋に、その残余を他の者にそれぞれ譲渡し、田口から八グラムを譲り受けた北重雄は、その一部である〇・五一グラムの所持罪等により有罪判決を受けたさい、右所持にかかる覚せい剤の鑑定処分後における〇・四八グラムを覚せい剤取締法の右法条により没収されたこと及び田口は、清水が検挙されたのち、被告人の指示で本件無許可輸入にかかる覚せい剤の残約三キログラムの販売を担当し、このうち一〇〇グラムを山田秋男に、その余を他の者にそれぞれ譲渡したが、山田秋男から右一〇〇グラムを譲り受けた星野慶一、星野孝子の夫妻は、右のうち約九・二〇二グラムの所持罪等により有罪判決を受け、同判決において、右所持にかかる覚せい剤の鑑定処分後における九・〇六三グラムを覚せい剤取締法の前記法条により没収されたことがいずれも明らかにされている。そして、右転転譲渡の経過からすると、北重雄及び星野夫妻が、それぞれ所持するにいたつた覚せい剤について、これらが関税法上の無許可輸入にかかる貨物であることを認識して取得したものとは到底認めがたいから、北及び星野夫妻の取得した各覚せい剤は、関税法一一八条一項但書二号により被告人からこれらを没収しないことと定められている場合にあたり、したがつて、同条二項によりこれらの価格に相当する金額を犯人である被告人から追徴すべきものであるばかりでなく、本件についての関税法一一八条の「犯人」にあたらないこれらの者から、被告人の関与しない本件とは別個の覚せい剤取締法違反にかかる犯罪に基づき、右各覚せい剤が没収され、国庫に帰属するにいたつたからといつて、このことによつて被告人に対して科せられるべき追徴金の額が減額されるべきものとする理由を見出すことはできない。それのみならず、被告人からの追徴金額の基礎とした覚せい剤の数量は、前記のとおり一割(約四〇〇グラム)分だけ内輪に見積られているのであるから、北及び星野らから没収した覚せい剤の前示分量をそれから控除しなければならないとしても、右追徴金額を減額しなければならないとは認められない。

また、所論は、無許可輸入覚せい剤は、本来取引対象にできないもので、無価値であるというけれども、無許可輸入の覚せい剤については、法的に容認することのできる価格が形成されることがあり得ないとしても、関税法による没収追徴の本旨が関税法規に違反して輸入した貨物又はこれに代る価格が犯人の手裡に残存することを禁じ、密輸入の取締りを厳重に励行する点にあることに徴すれば、同法による追徴の関係においては、現実に取引の対象となり、犯人に利益をもたらし得る無許可輸入の覚せい剤をもつて所論のような無価値のものと評価することは相当ではなく、犯罪時における国内卸売価格に準拠してその価格を算定すべきものと解されるから、原判決の前記算定基準は、正当として是認することができるものであり、原判決の追徴金額が多額に過ぎる旨の所論は採用できない。

以上により論旨はいずれも理由がない。

よつて、刑訴法三九六条により本件控訴を棄却し、刑法二一条により当審における未決勾留日数中一五〇日を原判決の懲役刑に算入することとし、主文のとおり判決する。

(裁判官 西川潔 杉山英巳 浜井一夫)

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